翻訳とは
翻訳が難しいのは勿論語彙や表現に違いがあるからでもあるのですが、時に文化や思想、それに背景が異なるが故に、翻訳が難しくなることが有ります。
例えば、皆さんは虹の色が何色あるかご存知ですか。
恐らくこれをごらんの皆さんはほぼ全員が赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色と答えるでしょう。
虹の色の数は日本では七色とされていて、それが当たり前になっていますが、他の地域や文化によっては七色とは限らないのです。
また私達は色を示す表現として普段何気なく「青」という言葉を使います。
ですがこの青と言う言葉を英語に翻訳するとしたら、どうなるでしょうか。
恐らく皆さんの頭には所謂英語の「Blue」という言葉が思い浮かぶかと思います。
ですがよく考えてみてください。
日本語の「青」には緑色の植物や信号灯が含まれます。
例えば信号は実際には「緑」ですが、日本語では「緑信号」とは呼ばず「青信号」と呼びます。
また「隣の芝生は青い」という言葉もありますが、この言葉だって芝生は実際には「青」ではなく「緑」と言うのですが、日本語ではそのまま「青」で表現します。
もっと言えば「顔が真っ青」などはどうでしょうか。
日本人なら分かりますが、この場合、本当に顔が青色に変わっているのでは有りません。
これらが翻訳の際に単純に単語を置き換えることができない顕著な例です。
この場合適切な言葉を加えたりして、知恵を絞って翻訳し、その意味やニュアンスがわかりやすく読者に通じるようにしなければなりません。
自動翻訳の限界
ところで最近では自動翻訳機や自動翻訳ソフト、或いは翻訳をしてくれるホームページ等が増えています。
このような自動翻訳の機能は、私達人類の長年の悩みを一気に解決してくれるものだと言ってもいいでしょう。
わからない外国語に直面するたびに、うんうん唸りながら辞書を引いたり、或いは間にもどかしい思いをしながら、間に入って通訳してくれるのを待つ必要もなくなります。
ですが皆さんはこのようなこのような自動翻訳機や自動翻訳ソフト、或いは翻訳をしてくれるホームページを利用したことが有りますか。
こうした便利な代物を使ったことのある人ならお分かりでしょうが、実際にこれらの非常に便利なツールを使っても、完璧な翻訳が出来上がることは殆ど無いと言ってもいいでしょう。
それらを使って翻訳をした結果、はっきり言ってわけのわからない翻訳が出来上がり、時には笑い出しながら、時には呆然としながらその翻訳文を見たことのある人は少なくないでしょう。
先進のこうした翻訳機能を持った機械とて、こうした奇怪な翻訳を生み出してしまう理由は、このように異なる言語同士で一対一対応がないという問題故なのです。
折角今日では機械翻訳が実現しても、それが単なる単語の差し替えでは不十分であることにもつながっているのです。
では何時になったらそれらの問題を克服した、完全な機械翻訳ができるようになるのでしょうか。
それにはまだまだ時間がかかるような気もします。